2014年6月3日火曜日

リップマンの三角関係

アメリカの著名なジャーナリストであるウォルター・リップマン(1889-1974)は、第一次大戦直後の一九二二年『世論(Public Opinion)という書物を著わした。今日でもマスーコミュニケーション研究の、古典として知られるこの書物は、次のようなエピソードで始まっている。大洋のなかに一つの島があって第一次大戦の直前、少数のイギリス人、フランス人それにドイツ人が住んでいた。

この島では六十日に一度、イギリスの郵便船が通って来ることによって、わずかに外界との接触が保たれていた。一九一四年九月この島に住む人々の主たる関心は、新聞に掲載されていたある殺人事件の公判の結果であった。まことに平和な生活であったと言う他はない。しかし予定の船はなかなかやって来なかった。そして郵便船がようやくこの島に到着したとき、この島に住む人々は互いに敵国人になったことを知って仰天した。海底電線の通じていなかったこの島では、第一次大戦が始まったことを誰も知らなかったのである。

リップマンはこのエピソードを手掛りとして「われわれの頭のなかにある映像」と「現実」との間には常にズレが存在している、という事実を述べている。この島の住民の例でいえば彼らの頭のなかにあった映像は、戦争のない平和な世界であった。だからこそ彼らの最大の関心事は、殺人事件の公判の結果だったのである。しかしながら現実の世界においては、既に第一次大戦が開始されていた。

そしてイギリス人とフランス人は、ドイツの敵国人になっていたのである。このようにわれわれの頭のなかの映像と、現実とのギャップを語るリップマンは、われわれの生活は次のような三角関係によって、成り立っているという。つまり「われわれの頭のなかにある映像」、「その映像に向って働きかけるわれわれの行為」、それに「現実の世界」、この三つの要素の三角関係によって成り立っているという。

私はこのリップマンの「三角関係」の話を聞くと、バークレーの社会学教授であったハーバートーブルーマー(Herbert Blumer 1901)のことを思い出す。ブルーマー教授に私が教室で初めて会ったのは一九六五年の冬、私がスタンフォードで修士号を得て、バークレーの社会学部の、博士コースに入学した時だった。あれはスタンフォードのセミナーのように、夜の七時半から始まる社会学理論の講義であった。