2016年1月5日火曜日

進化論の影響

フランスでは、モレル(1809~1873)が「人類の身体的・知的・精神的変質論」(1857年)を著わし、その宗教的世界観から、「変質は人間の正常型からの病弱的変異であり、遺伝的に伝えられて絶滅に至るまで進行するものである。」と考え、変質の原因として、中毒、社会的環境、病的気質、精神的疾病、先天的・後天的不具、遺伝性の七つをあげている。

ダーウィンが進化論を発表して以来、変質論にも影響を与え、マニヤン(1835~1916)は変質を進化論の意味における退行としてとらえている。マニヤンは、アルコール中毒者において変質を研究した点でも有名である。

また、変質論に関連して、天才と精神異常者と犯罪者の問題が大いに論じられるところとなり、イタリアの精神医学者、ロンブロソ(1836~1909)は「犯罪者」(1870年)という本を出して、犯罪人類学を唱えた。

なお当時の英国の神経学者、ジャックソン(1834~1911)も進化論の影響を受けて、中枢神経系は、前頭葉皮質、脳幹神経節、脊髄と延髄の三層からなり、精神疾患は前頭葉皮質の脱落により、癩病は下層の機能、の促進したためにおこると考えた。

このように臨床精神医学の研究がどんどん具体的におしすすめられてゆくにしたがい、精神病の分類ということが問題になってきた。

それまでの精神病は、癩痢、進行性麻疹、老人性精神病、偏狂、メランコリー、噪病、慢性幻覚精神病、パラノイア、失語症、ヒステリーなどが個々に発見され、ばらばらに記述されるのみであったが、ドイツのカールバウム(1928~1899)は初めて「精神病の分類」(1863年)を公にして疾病単位の観念を述べ、妄想病、緊張病についても述べて学界に大きな反響をよんだ。彼の弟子のヘッケルは破爪病について研究し発表している。

ところでヒポクラテスによってパラノイアと名づけられた妄想病のある面白い一症例が、ドイツのフォンークライスト(1777~1813)によって描かれている。

十六世紀にドイツに住んだコールハースというある正義感の強い地主が、ある時、馬商売のために馬をひきつれてサクソニアのある王様の領地を通ろうとすると、たまたまビザを持っていなかったために通行禁止となり、だまされて馬をとられてしまった。

ビザを取りに帰。てまたもどり、馬を返して下さいと頼んだところ、馬はすっかりやせおとろえて使い物にならない駄馬になっていた。馬につきそっていた召し使いは所持金をうばわれた上、たたき出されていたのである。

怒ったコールハースは中央政府に訴えたが、とり扱ってもらえず訴訟をおこすたびにそれは破棄され直訴に出かけた妻も殺されてしまった。復讐にもえたコールハースは、土地、屋敷を売り払って小さな軍隊をつくり、その王様を捕えようと城に放火し、掠奪してまわった。

コールハースの軍隊はしだいに大きくなり、サクソニアの首都ライプチヒにまで近づいたが、自分を天から下った大天使ミカエルだとなのり始めていたコールハースは、当時の有名な宗教改革者、ルーテルに説教されて王様を許すようにいわれる。

いったんは譲歩した彼だ。たが、解散したゲリラに再びかつぎ出されてあばれまわったため、とうとう捕えられて焼身刑に処せられたのである。彼は最期まで正義を貫いたつもりで、満足して死んでいったという。