2013年7月4日木曜日

モノづくり技術の革新

中国を筆頭としたアジア各国や中南米、ロシアなど、国民の消費水準や生産能力がまだまだ低く、満たされていない潜在的なウォンツが無尽蔵に残っている国では、外貨不足による輸入品の値上がりや財政赤字積みあがり↓政府による所得再分配機能の低下があれば、いくらでもインフレ(需要▽供給)という事態は現出するでしょう。足元の中国は外貨準備は豊富、政府も黒字ということでそのようなことにはなっていませんが。ところが仮にそのようなことが起きれば、ますます相対的な円高が生じてしまい、日本国内の物価は輸入品価格の下落でさらに下に貼り付いてしまいます。では資源や食糧の価格が需給逼迫で再び高騰するというのはどうでしょうか? エネルギー価格の高騰はまた何度も起きることでしょうが、最近までの石油高騰が諸物価まで巻き込んだインフレにつながらなかったように、三五年も前の生産年齢激増期に起きた第一次石油ショックを再現することは極めて困難です。

最近までの「好景気」の時期を考えても、石油が突出して高くなったので、さまざまなモノやサービスの価格を平均した総合指標である「物価指数」も引きずられて上がりましたが、ここでも平均値の上昇が全体に波及するということは起きませんでした。生産年齢人口の減少による恒常的な需要減圧力に加えて、日本の誇る技術力を活かした迅速な省エネ対応が、資源価格高騰を減殺してしまったからです。今後も同じことが繰り返されるでしょう。同じく価格高騰の可能性の高いレアメタル(希少鉱物)に関してはどうでしょうか。そもそもこれらは、化石燃料依存を脱して自然エネルギーの利用に移行しようとすればするほど、バッテリーなどへの使用量が増えていくものであり、代替物を探すのも困難です。ですが、レアメタルは都市鉱山(過去に出されたゴミの山)や海水から採取することが技術的には可能ですので、値段の高騰次第では国内生産に採算性の芽が出てきてしまいます。

食糧に関しても、仮に価格の高騰が定着すれば、本来世界的に見て農業の一大適地である日本国内での生産が復活していくことになりますし、現在の膨大な食品廃棄も見直されていくでしょう。またそもそも、年間二〇兆円未満(輸入九兆円十国内生産一〇兆円程度)にすぎない日本人の食費が仮に何倍になったとしても、それだけで五〇〇兆円のGDPを持つ日本経済全体が「インフレ」に突入するというようなことはありえません。それでは、貨幣供給を緩めて「デフレを脱却せよ」という主張はどうでしょうか。インフレを起こせとまでは言っていないのですから目標はやや穏当ではありますし、もちろんそういうことができればそれに越したことはありません。ですが、生産年齢人口下落・供給過剰による価格の下落・在庫が腐ることによる経済の縮小に対して、金融緩和が機能しないことはすでにご説明した通りです。事実、インフレを起こすことができていないのはもちろん、物価低落を防止することすらできていません。

さらに言えば、現在生じている「デフレ」には、国内の諸物価が国際的な水準に向けて下がっているという面もあります。九〇年代から中国という巨大な生産者が立ち上かってきましたが、彼らの生産コストや国内物価は日本よりもずっと低いわけです。そういう存在が横にあれば、中国でも製造できるもの(非常に多くのものがそうですが)の日本国内での値段が国際的に標準的な価格に向けて下がっていくのは当然ということになります。これに対して国内だけで「インフレ誘導」を行っても、効果が期待できるとは思えません。貨幣経済に国境はないのです。

「日本の生き残りはモノづくりの技術革新にかかっている」という美しき誤解私のこれまでのお話は、多くのマクロ経済学徒を不愉快にさせたり、私を無視する気にさせたりしてきたかもしれません。ですが、物事を現実に即してしかも論理的に筋道立てて考える習慣のある方、たとえば工学系の方には喜ばれる論調だったのではないかと思います。ところがここでとうとう、工学関係者までをも怒らせかねないお話をしなければなりません。以下の私の話が現実や論理から離れるからではなく、一部のナイーヅな工学関係者の方が、現実や論理から離れたある種の共同幻想をお持ちだからです。それは「モノづくり技術の革新こそが日本の生き残りの最大のカギである」という美しい誤解です。